ドビュッシーは、前奏曲集を、2集、合計24曲、残しました。
第一集は1910年、二集は1913年の作曲で、1918年に没したドビュッシーの、後期の作品になります。

1集と2集、それぞれ12曲の組曲で、1集2集、けっこう似た面もあります。
しかし、全体を通してみると、1集は、どちらかというとわかりやすく親しみやすい曲想、2集は、1集に比較すると、実験的で、斬新な響きが追及されています。
別の見方をすると、1集は、それまでの作曲者の技法などの集大成で、彼の作品の中でも、非常に重要な位置をしめます。

しかし、必ずしも作曲者が自信を持っていたわけではないようです。また、ドビュッシーは、大作曲家として名声を確立していましたが、このころから、徐々に健康を害しており、また、経済的にも万全ではなかったようです。彼の死因である大腸癌の症状があらわれていたのかも知れません。
この曲を書くことをすすめたデュラン(例の、デュラン版の出版社の経営者です)は、「病気がちの作曲家が、すぐに金になる音楽に手をまわすことができてほっとしている」という意味のことを書いているようですし、ドビュッシー自身も、すべての曲が傑作ではない、と言った、と言われています。

しかし、どう考えても、彼が、シューマンの右、ショパンの左、と自信を表明した、映像と比較して、いい勝負、というか価値はかわらぬ、ピアノ曲の至宝のように思います。

各曲、タイトルがついていますが、曲の終わりに、さりげなく書かれています。表題音楽のように、演奏家がタイトルのイメージに過剰にひっぱられることを、避けたかったのでしょうか。

 

1.デルフィの舞姫
ギリシャの神殿でゆるやかに舞う乙女の幻想。ルーブル美術館のレリーフから着想したといわれます。どこまでも優雅にゆったりと、たおやかに演奏することが必要です。しかし、和音の響きは、深くてもいいように思います。意外に広い和音が必要で、手が小さいと苦労します。また、ペダリング勝負のようなところがあり、きれず、過度に濁らず、余韻を残して弾きたいです。

 

2.帆(またはヴェール)
タイトルに冠詞がなく、Voilesは、帆船の帆の意味にも、女性のヴェールの意味にも取れます。20世紀のフランスを代表するピアニストであった、アルフレッド コルトーは、前者、海風にたなびく帆をイメージしています。しかし、後半の、全音階の装飾的な上昇音型など、女性が、ゆるやかにヴェールをひるがえして舞う様子のようにも思えます。実際、モンマルトルのレヴュー小屋で気に入った、布をひるがえす踊りが、この曲のもとになったとも言われています。
譜面を見ると、32分音符の3度の全音音階からはじまるので、けっこう大変に見えますが、演奏は比較的容易で、かつ、演奏効果が上がります。唯一のクライマックスのオクターブは、決然と弾いたほうがいいでしょう。

 

3.野を渡る風
7曲目の「西風の見たもの」が嵐の描写であるのに対し、この曲は、草原を吹き抜けるさわやかな風をイメージさせます。ヴェルレーヌの詩から着想されたとも言われています。あくまで軽く、清潔に弾きたいです。演奏は、意外に優しくなく、粒のそろったタッチが必要です。また、並行和音の連続で下降する部分も、決して重くならずに演奏することが大切です。また、トニカの和音が跳躍的に連続する部分は、けっこう危険なので、入念に練習しましょう。

 

4.音と香りは夕べの大気に漂う
ボードレールの詩「悪の華」から着想されています。やや沈鬱な表情の曲です。4度、5度が重なる、調性が不明、あるいは微妙に揺れ動く主題が、融通無碍に変容していきます。演奏は難しくありませんが、微妙な和音進行の中、内声が歌っている部分を、きっちり聞こえるように演奏することが大切です。また、和音のバランスを設計できてないと、どことなく変な響きになります。

 

5.アナカプリの丘
アナカプリは、南欧、ナポリに近いカプリ島の高級リゾート地です。陽光の降り注ぐ真っ白な花崗岩の丘をイメージさせる、明るく鮮烈な印象の曲。茫洋と広がる響きの中で、連打音をともなう活発な主題をくっきりと鳴らす必要があります。私見では、この曲は、メカニカルにも、表現も、難しいです。誰が聞いても難曲に聞こえる「西風のの見たもの」と同程度以上かもしれません。また、ペダリング勝負、ただし、いかに、ペダルを使わずに微妙なニュアンスを表現するか、に、力量が問われます。
また、ゆったり進行する中間部は、和音に隠れたメロディーばかり聞こえてもどうかと思いますし、隠れてしまっては仕方ないし、、、と、なかなかに悩ましいです。
しかし、なんといっても、ドビュッシーには珍しく、最後にガンガン盛り上がって、高音のfffで終わる曲ですので、この部分、メカニカルにヨタることのないようにしたいです。

 

6.雪の上の足跡
雪原をあてどなくさまようような、重い足取りの、重苦しい曲です。リズムが独特で、足を引きずるような感じがよくあらわれています。
途中、高音に美しいメロディーが出てきますが、雪女のささやきでしょうか。沈鬱で技巧の見せ場がないため、あまり抜き出して演奏されませんが、私は、非常に好きな曲です。音を正確に鳴らすのは難しくありません。

 

7曲目以降、後半に続きます。